[キリスト教] ブログ村キーワード
出かける前に帰宅時間を気にするなんて、わたしらしくない。
よほど気分が澱んでいたのだろう。
案の定、フライング気味の外出となった。
ほかでもない。連休の合間に挟まった通院日のこと。
ハイデガーは福音書に神の子ならぬ現存在イエスを看破しました。使徒信条や教会牧師の礼拝説教から彼を解き放ってこそ、あらゆる痛苦懊悩に勝利した彼の人間洞察、信仰の存在論的機序が蘇ります。★キリスト者の脱 / 再構築風 - キリスト教的覚え書き。(2011-2014)
2014/05/04
2014/03/14
小学生のわたしをハグしたのはマルジャリア神父であった
[神父] ブログ村キーワード
::小学三年生の秋、九歳になったばかりの頃に、わたしの楽園物語は予告もなく途切れた。
以来五十三年、待つには待ってみたが、その続きを知ることはついぞなかった。しかしなぜそんなにも長く、馬鹿正直にわたしは物語の再開を待っていたのだろう。
九歳までの記憶はどれもこれも、溺れるほどの幸せと歓喜のなかにあった。
上町(うえまち)台地一等の高台、大阪は天王寺区伶人町にある名門星光学院の初代校長、サレジオ会出身マルジャリア神父との出会いもそのひとつである。
::小学三年生の秋、九歳になったばかりの頃に、わたしの楽園物語は予告もなく途切れた。以来五十三年、待つには待ってみたが、その続きを知ることはついぞなかった。しかしなぜそんなにも長く、馬鹿正直にわたしは物語の再開を待っていたのだろう。
九歳までの記憶はどれもこれも、溺れるほどの幸せと歓喜のなかにあった。
上町(うえまち)台地一等の高台、大阪は天王寺区伶人町にある名門星光学院の初代校長、サレジオ会出身マルジャリア神父との出会いもそのひとつである。
2014/01/04
ニーチェ箴言散策集・私家版 (15)
2013/12/14
昔と今 ヘルダーリン
「昔と今(Ehmals und jetzt)」という四行詩は、精神の薄明のうちに生涯を閉じたドイツの詩人ヘルダーリン(1770-1843)二十八歳のときの作品です。躁から鬱へのそして不安から平安への異質なふたつの心の波形を対句としてしつらえ統合した四行詩。。。と言ってしまえばそれまでなのですが、いま少しその波間に漂っていたいような、そんな気持ちにわたしなどはなったりします。皆様方はいかがでしょうか。
翻訳と原文を併記してみます。
以下のみごとな日本語への翻訳は、岩波文庫版川村二郎氏のものを、また原文はtextlog.de Historische Texte & Wörterbucherのものを、どちらも「引用」に関する著作権法の許す範囲内で使用した。感謝申し上げる。
2013/12/13
ニーチェ箴言散策集・私家版 (14)
2013/12/06
自分を愛してますか?
2013/11/19
レヴィナス的補記
2013/11/15
ニーチェ箴言散策集・私家版 (13)
2013/10/29
ニーチェ箴言散策集・私家版 (12)
2013/10/14
ニーチェ箴言散策集・私家版 (10)
2012/12/04
ニーチェ箴言散策集・私家版 (6)
2012/11/18
私家版・ニーチェ箴言散策集 (3)
2012/11/14
私家版・ニーチェ箴言散策集 (1)
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