2014/01/19

「注目記事」ランキングの謎は超簡単!

[キリスト教] ブログ村キーワード
十字架の現象学
十字架の現象学
カテゴリー>キリスト教に属する新参者『十字架の現象学』(http://office-maria.blogspot.com/又はhttp://office-maria.blogspot.jp/)著者Anの書く記事の大半が、上位三位以内のランキング入り達成!


異端臭?のぷんぷんする「十字架の現象学」がナンデジャアアア!!!さぞかしイライラしておられる方々も多いことでしょう。どうして?なんで?なぜ?なしてかあ??Why?ウェエエ?ヴァルム?等々。

「ヘルプ」を何度読んでもマッタク分からないですよねぇ。。。

そこでタ・ネ・ア・カ・シ、ということになります。

と言いましても、あくまでも個人的な推測の域を出ません。それよりも、じつはとても涙もろくやさしくて親切な著者Anであることがお分かり頂ければ、わたくしはもうそれでそれで。。。(涙?笑?涙?笑?)

さて、

「十字架の現象学」自体、2011年から幾度かタイトル名を変更しながらもどうにか管理し続けてきたわたしの唯一のブログですが、ランキングへの参加は今年はじめてとなります。全く何も分からないまま衝動的に参加したわけです。

それなのにアラ不思議!

記事を書き下ろしUPするたびに、半日から一日でいつのまにか先行するサラブレッドあまたの馬群を掻き分け掻き分け、「注目記事」ランキングの上位三位以内に躍り出ているではないですか!!

さすがに「なんでなん?」、と自分でも首をかしげてしまいました。一度や二度なら、たまたまかぁ。。。くらいでおさまるのですが、二週間程度で通算。。。もう五回くらいは一位、二位、三位を束の間?独占したのではないでしょうか。もちろん更新の頻度も影響しているのでしょうが、わたし以上に更新している人は結構おられます。

わたしの投稿した各記事のコンテンツ(内容)が、それほどすばらしいのかい???っとよだれが出そうにもなるのですが、ところがどっこい、ガッハッハッハッ!イヤイヤ、そんなことは絶対ありえません。それは浪漫チックな妄想です。

「にほんブログ村」のスタッフがわたしの記事のみならず誰かの投稿記事に目を通す、なんてことは通報がない限りありえません。

ランキングサイトもそうですが、そもそもCGIの無償配布サイトやグーグル、ヤフー、ライブドアなどの検索サイトやポータルサイト最大の眼目は、「バナー広告収入」それただ一点にあります。そのために血眼になっている人たちです。すべての経営戦術戦略は、その広告収入を得るために構築されます。他のことはどうでもいいわけです。だからかつての堀江君は最高権力者でありながらTシャツにデニム姿だったのです。彼らのそれが主たる収入源です。そこを絶たれると彼らは路頭に迷うわけです。

そのためには、経営母体となるサイトを構成する膨大なページへの均等な高アクセス(PV)を維持し続けなければなりません。そこで「無料!無料!」というふれこみでさまざまなコンテンツをユーザーに餌としてばら撒いてきたわけです。競合会社があるかぎり今もそうです。金魚鉢に餌を注ぐとワーッと金魚たちが集まりますよネ。あれとまったく同じ状況です。つまりわたしたちは、さまざまなコンテンツの技術使用の恩恵に与って得したような気になってはいますが、じつはそのようなサイトの莫大なバナー広告収入獲得のためにひたすら貢献している働き蜂にすぎないのです。わたしもその蜂の一匹です。

再度それなのにどうしてわたし如き素人の書きなぐった記事が、「総合ランキング」や「カテゴリーランキング」ではなく「注目記事ランキング」入りを果たしているのでしょう。

原理的にはとても簡単な理由からです。

サイト運営会社の関心は、ユーザーに見限られないようにすることにしか向いていません。そのためにユーザーの関心を常に刺激し時には撹乱するようなシステムを絶えず更新しなければなりません。(IN順}、(OUT順)、(PV順)といったプログラムは皆様方よくご存知のとおりです。サイトの「ヘルプ」にも詳細に書かれています。この三種を総合して、総合ランキング・カテゴリーランキングが決まります。これは小学生の足し算と同じです。なぜINのポイントが重要視されるのかは、それが運営者側のサイト自体のPVに直接影響するアクセスだからです。OUTではダメなわけです。

しかしよくよく考えますと、セミプロ的に複数人プロジェクトを組んで立ち上げているブログや、特にカテゴリー>キリスト教などになりますと、牧師や司祭など教職者(聖職者)・その家族・教会役員・会員など、信仰共同体内部でバナークリックの依頼をする機会に恵まれた人の管理するブログなどが、どうしても「総合」あるいは「カテゴリー」の上位に躍り出ます。これは仕方のないことです。くだらないまったく箸にも棒にもかからないような記事でも上位に表示されるのは、そういう事情からです。

このままランキングを続けますと、必死で考え考え寝ずに書いた貴重なプロ顔負けの文章を投稿した人は報われませんよネ。いつまでたっても報われない。。。そのうち書く意欲が減退し、なにかしらむなしくもなって、やがてサイトから離れることになります。

その人たちにチャンスを与え(と言えば聞こえは良いですが)、起死回生の望みと希望を持たせるために「注目記事」ランキングが考案された可能性が大だと思われます。もう止めようか。。。と落胆しつつ投稿した最後の記事が、朝起きて見てみたら「第1位!」になっていたらどうでしょう?もうちょっとがんばってみようかな、誰だってそう思い直すじゃないですか?そこが運営者・経営者の狙い目であるわけです。一人も逃さない。その人のためではなく、ただただバナー広告収入確保のためです。


十字架の現象学
十字架の現象学
さてそれでも「注目記事ランキング」に入らない方々がおられるようです。どこかに問題点が隠れているかもしれません。わたしと一緒にブログのメンテナンスを行ってみましょう。右に並んでいますサムネイルは最近登録したわたしのブログです。

まず「バナーの種類」と「貼り付けた位置」を確認してみます。バナー添付位置は、わたしの場合ブログの左サイドバーはじめあたりにまず「一発目」を。これは「ブログ村の総合バナー」です。




十字架の現象学
十字架の現象学
「二発目」は、同じく左サイドバーの下方に「ランキング順位バナー(長細いiframeのようなもの)」を貼り付けます(ブログの雰囲気が壊れるからイヤと言われる方々は、小さいめのものを目立たないところに貼り付けてみるのも一手かと)。ランキングに参加する限りはとても大切なバナーとなります。







十字架の現象学
十字架の現象学
「三発目」は、意外と知られていない秘密技です(笑)。右のサムネイルをよくご覧になってください。各投稿記事のタイトルの下、画像の真上にテキストリンクがあります。これがいわゆる「キーワードリンク」と言われるものです。皆様のマイページにある更新記事それぞれにキーワードが表示されています。そのキーワードのうちこれがいいかなと思うキーワードをクリックすると、キーワード紹介ページが開きます。そこに「貼り付けコード」が格納されています。この「キーワードリンク」を必ずブログ村のクローラーが一度だけすぐに読み込みに来ます。アクセス解析にもはっきりとクローラーのURLにkeywordという語が含まれています。確実にOUTポイントがつきます。すぐに分かります



十字架の現象学
十字架の現象学
「四発目」ですが、面倒であっても投稿記事そのものごとに、「カテゴリーバナー」を好きなところに貼り付けることです。お誘いの言葉を書き添えておく方がよいかもしれません。わたしの場合、「★当ブログのランキング閲覧はこちらから★な~んてあつかましい言葉をちょこっと。


あとは甘くても辛くても誠意を込めて少しでも良質な記事に仕上げることです。あまり熱中しすぎないことも大切です。こころ、こころ、こころ、ですよ大切なのは。


当ブログ左サイドバーから読者登録できます。Bloggerじゃない方々でも使えるはずです。時々覗きに行きます。もちろん最新記事のバナークリックしておきますよ。男An、約束は果たします。

おっと、最も大切なことを忘れていました。

投稿記事のコンテンツ(中味)自体に関してです。

更新を読み取る検索ロボットやブログ村のクローラーは機械です。「差異」しか読み取りません。しかしこの「差異」は、とても重要なポイントになります。

プロの小説家あるいはコラムニストのような文章など、素人のわたしには書けるわけがありません。しかし他者様の書かれる文章との差異を出すことは、なんとかできます。

たとえば「神」という言葉を使用する場合、教会にどっぷりこんと浸かってしまっている方々ほど、おなじような文脈で使用されます。それを「教会(規範)文法」とわたしは呼んできましたが、ご本人様方はお気づきになっておられない場合が多かったように思います。ロボットやクローラーは、それらを「同種」と判断します。

わたしが使用する「神」の文脈をご覧になってみてください(右サイドバーの一発検索に「神」と打ち込まれれば、わたしのブログからたくさんのページが表示されるはずです)。おそらくそのほとんどが、教会に通われている圧倒的多数の方々の文脈とは異なった文脈で用いられているはずです。それをロボットやクローラーは「差異」として読み取ります。

カテゴリー>キリストに登録されておられるおひとりおひとりが、キリスト者としてのご自身の「文体」を開拓されること、そのことにこそ、絶大なる意義があるような気がわたしはしています。大事なことが一番最後になりました。もうしわけありません。

ではでは。

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