2013/12/14

昔と今 ヘルダーリン


An onymous 「昔と今(Ehmals und jetzt)」という四行詩は、精神の薄明のうちに生涯を閉じたドイツの詩人ヘルダーリン(1770-1843)二十八歳のときの作品です。

躁から鬱へのそして不安から平安への異質なふたつの心の波形を対句としてしつらえ統合した四行詩。。。と言ってしまえばそれまでなのですが、いま少しその波間に漂っていたいような、そんな気持ちにわたしなどはなったりします。皆様方はいかがでしょうか。

翻訳と原文を併記してみます。
以下のみごとな日本語への翻訳は、岩波文庫版川村二郎氏のものを、また原文はtextlog.de Historische Texte & Wörterbucherのものを、どちらも「引用」に関する著作権法の許す範囲内で使用した。感謝申し上げる。


若い日々には 朝は心楽しく
夕べとなれば涙にくれた。年を重ねた今は
疑い惑いながら一日を始めるのだが
その終わりは 浄らかさに満ち晴れやかだ。
In jüngern Tagen war ich des Morgens froh,
Des Abends weint ich; jetzt, da ich älter bin,
Beginn ich zweifelnd meinen Tag, doch
Heilig und heiter ist mir sein Ende.

日本語翻訳の句点で改行したいところなのですが、ドイツ語原文のセミコロンがそうさせないのですねぇ。原文三行目のカンマも、翻訳の改行ポイントに相当な圧力をかけています。

わたしを育ててくれた日本語のリズムあるいは息遣いとしてはむしろ、
。。。心楽しく
。。。涙にくれた。
年を重ねた今となっては。。。だ。
が、その終わりは。。。晴れやか(なの)である。
ってな感じだと思うのですが。。。

ドイツ語はどこかしらフライング気味な言語ですので(これはわたしの個人的な印象です)、そこを読者に直観させるためには結果として原文の改行どおり翻訳する以外ないのかな、とは感じます。

さてなぜこの詩なのかという点ですが、

一二行目を経験として想起することができ、また三四行目を体験として感じ取る時節を今まさにわたしが通過中でもあるからです。しかもその感情の波間には五十年近くもの歳月が囲われています。

上述しましたように、この詩はヘルダーリン二十八歳のときに書かれた作品です。

そのことにつき翻訳者の川村先生は、「解題」でこう述べられています。
「年を重ねた今」とはいっても作者はまだ二十代、経験にもとづく実感表白と見るより、むしろ「浄らか」で「晴れやか」な心の状態への希求が、このイメージを導き出したと見るべきかもしれない。
穏当な解釈だと思います。

ただ無礼を承知で申し上げますと、わたし個人としては川村先生とは違った憶測を抱いています。

川村先生の「年(を重ねた今)」に関するご解題は、あきらかにミンコフスキー的(物理的・外的)時間を根拠とされています。三四行目の作詩が「イメージ(想像力による描写)」であるというご判断は、そうでなければ導かれることのなかったものです。

そうでなければ。。。という可能性は、「年」をヘルダーリンの内的時間意識の伸縮自在性から解釈したときに一気に浮上してくるものです。その可能性が現実態になりますと、三四行目の内容は「イメージ」などでは毛頭なく、まがうことなきアクチュアルな体験となってヘルダーリンを襲った出来事になります。実際の年齢がどうあろうと、当人にとっては問答無用の出来事として自覚されるわけです。

つまりヘルダーリンはいつかどこかで、地球の自転・公転の異様な速度のはやさを内的に体験することを通して「年を重ねた今」を垣間見た、というふうに推測することがじゅうぶんできます。三四行目の内容として選択した情感の種別や彩度のあまりの正確さが、そのことを語らずして語っています。

前後しますが、

過剰な楽しさによる興奮冷めやらぬまま帰宅しますと、その興奮はありとあらゆる光景に隙間なく浸潤してきて、見えるものすべてをいつもよりどんよりと暗く精気なきものに変容してしまいます。その抵抗しきれない圧倒的な変容=暗がりの深まりが、狂おしいほどの淋しさや孤独を呼び寄せるのです。理由もわからずにひとりしゃがみ込んでしまうほどの淋しさ、孤独なのです。わたしは小学校三年生頃にはじめてそのような感情の大波に襲われました。以後数年ほどは続いたでしょうか。

一二行目のように描写せずにはいられなかったヘルダーリンの感情の波も、おそらくはそのようなものであったのだろうとわたしは感じ、そして便乗しては折に触れ、ふるきよき時代の記憶の数々を恥ずかしげもなくまさぐってみたりするのです。
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