2014/01/04

ニーチェ箴言散策集・私家版 (15)

ニーチェ箴言散策集
Friedrich Nietzsche
『ニーチェ箴言散策集』(2008.02起稿 2008.07脱稿 Mr. Anonymous)


130節から134節までをどうぞ。。。


原文・翻訳からの引用は、「報道、批評、研究目的での引用を保護する著作権法第32条」に基づくものです。ドイツ語原文は、"RECLAMS UNIVERSAL-BIBLIOTHEK Nr.7114"、日本語訳は、木場深定氏の訳に、それぞれ依ります。

★当「ニーチェ箴言散策集・私家版」は連載記事となります。バックナンバーをお読みになりたい方々は、右サイドメニュー・カテゴリー中の「連載-N箴言散策集」からすべての連載記事にアクセスすることができます。ご利用ください。

)))130節(((
Was Jemand ist, fängt an, sich zu verrathen, wenn sein Talent nachlässt, - wenn er aufhört, zu zeigen, was er kann. Das Talent ist auch ein Putz; ein Putz ist auch ein Versteck.
或る人が何であるかは、彼の才能が衰えるときに、――彼が何を為しうるかを示すことを煩めるときに、始めて暴露される。才能もまた一つの化粧である。化粧は一つの隠蔽である。(一部傍点あり)
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「始めて暴露される」の原文はご覧のとおり<,fängt an,sich zu verrathen,>で、直訳に近い形で約めてみますと、「表出し始める」といったようなニュアンスになります。

また「煩(や)める」の原文は<aufhören アォフヘーレン>を活用させたもので、「やむ、やめる」という意味ではあるのですが、木場先生がなぜ「止」ではなく「煩」という字母をあてられたのか、残念ながら力不足でわたしには分かりません。訓読みでは、「煩(わずら)う」または「煩わす」なのですが。

さてこの箴言は、151節の箴言の「謎解き」のような性格をもっています。

「何を為しうるかを示すことを煩めるとき」とは、可能性自体の全否定ではなく生きながらにして可能性自体から疎外されるか、あるいは自分から放棄せざるをえない、そんな状態にある「とき」のことです。可能性を全否定してしまいますと、存在論的には「死」を意味することになってしまうからです。

それにしましても可能性を「放棄せざるをえない」ほどに「才能が衰える」とは、なんとせつなくもはかなく、また不本意極まりない表現でしょう。

いかなるものであれその人その方の「才能」が、かつては輝かしきものであったろうことに思いを馳せますと、もうこれは「落日」「落陽」のあの劇的な情景を言葉の絵筆でなぞったのではと思いたくなるほど、この時のニーチェの観察は冷厳です。

事実にもう少し近づけて申し上げますと、新しい時代・社会の到来を迎え入れることができずに斜陽する旧態依然たる芸術家や学者たちの狼狽に接し創作された、そういった類の箴言だと思われます。

ところで、

「太陽」が「落日」しつつ見せ始めるその姿は、確かにどんよりとはしています。しかしどこかしら重々しくて荘厳であります。潔(いさぎよ)さすら感じることも、わたしにはあります。ただそこにひとつないのは「意志」のみ。

さて、同じ自然の構成要素であるわたしたち人間の場合はどうでしょう。

自らの「才能」の衰えや「可能性」の先細りを自覚しはじめるとき、はたして「落日」のように泰然としていられるでしょうか。輝かしき存在者から「化粧」がすっかり剥がれ落ちるとき、わたしたち人間は全身から剥き出してくる狂気というものに晒(さら)されて激しく狼狽(うろた)えてきたのではなかったでしょうか。激痛を無理からに鎮静させるモルヒネを開発したことなど、そのなによりもの証拠でしょう。極論すれば、宗教が独占しきれなかった領域を、ただ科学が肩代わりしてきたにすぎません。

その意味において人間とは、それぞれの臨終の「間際」まで完璧に「演出」してもらわなければおさまりのつかない、いつも常に最も遅れてくるとても厄介な生き物、と言えるかもしれません。猫ほどの潔(いさぎよ)さも、人間にはないのですから。

不謹慎な物言いですが、病院あるいは自宅で家族にみとられ亡くなられる方々により、例えば「野垂れ死にした」「餓死した」「孤独死であった」といった知らせに接するとき脳裏に浮かぶ彼ら/彼女らにこそ、生の壮絶さや荘厳さそれに意志のヒリヒリとした臨界、といったものをわたしは強く感じます。

当ニーチェ箴言散策集の他節(又は他のカテゴリー)でも気分を害されない程度に触れていますが、わたしは時折わたしを襲う不安発作のさなか、わたしの「意志」に逆襲する「力」の作用というものを強烈な恐怖として感じることがあります。その「力」は音もなく時間を切り裂き、空間を四方八方に遠ざけて、わたしの居場所すべてから穏やかな日常性や自明性のことごとくを強奪します。体全体から出血しているかのような強くて断続的な貧血感、侮蔑(ぶべつ)・蹂躙(じゅうりん)されて真っ暗闇に遺棄される直前にでも感じるような孤絶感や絶体絶命感などなどが、羊のように怯え狼狽しついには地に伏してゆるしを乞うまで、容赦なくわたしを苛(さいな)みます。激しい鼓動そして溺れる時の嗚咽するような息遣い。。。

尋常な状態であるとは、とても言えません。

しかもわたしは自分がなぜそうなるのかの理由の大半を、知りすぎるほど知ってもいるのです。乱暴な言い方をしますと、これらはわたし自身の履歴のフラッシュバックとしてはるか遠くに出現し、そうしては確実に近づいてくるものです。ザワザワとした前兆(アウラ)がはじまると、もう通り過ぎるまでわたしには防ぎようがまったくなくなります。

わたしは、「間際」をむかえずしてニーチェの語る「化粧」を落とした人間、いやある日突然「化粧」のことごとくを剥がされた人間です。そしてそのすべての「時」のなかに、剥き出しになったままただひたすら生きることを懇願した、ぶざまでまこと脆弱(ぜいじゃく)な自分を、わたしは幾度も幾度も見い出してきたのです。そこには生の荘厳さなど、欠片ほどもありませんでした。

そんなわたしが生きているわけです。

突然ですが、「旧約聖書」に登場しますあのヒゼキヤ王(列王記・下20、イザヤ書38)を襲った病は、当人には神の「過越し」として理解されていたはずです。王でありながらなりふり構わず命乞いしたヒゼキヤ王の描写が、多くを語らずしてそのことを証ししています。

前兆、全方域からの確実な接近、竜巻に飲み込まれでもしたかのように炸裂する時空間、巻き込まれるわたし、抵抗することの絶対不可能性、恥辱をもはや恥辱と感じられないほど圧倒的な敗北感。。。そしてようやくの「過越し」、残された時空間の抜け殻のなかに恐る恐る入り膝を抱え込み放心するわたし。。。

このような「過越し」の束の間に漲(みなぎ)る最大値を忍びに忍んでくぐり抜けたとき、わたしたち人間は、信仰者であろうとなかろうと、その救われた命を顧みてもはやそれが自分当然のものではなく、まるで「奇跡」として貸与(たいよ)されたものである「かのように」激しく感じてしまいます。いつの世であってもいささかの違いもなく、そのような出来事がわたしたち人間存在には起こってきました。忍びきれず、みずからこの地を離れた人もひとりやふたりではないはずです。

西欧は、キリスト教がすでに風土の要素にまで溶け込んでしまっており、良くも悪しくも狂人を社会の中に囲ってきました。歴史は浅いですが、建国の事情を鑑みれば米国だって同じです。

極東の日本国はどうでしょう。四方を海に守られた村共同体を建国の契機にしてきました。村共同体とは、狂人あるいは異物あるいは突発的な逸脱などを、じつに巧妙陰湿に「村八分」して成り立つ共同体のことを言います。

だから先進国の中でも異様なほどの自殺率を維持しているのでしょう。和をもって尊しとなす、と語る日本人を欧米人はヤヌスと見ています。

欧米人が、あるいは日本を除く東アジア諸国が憂えているのは、その村八分的風土を原色とする「島国性」の描きだす不安定で不規則な放物線なのです。60年安保に躓き70年安保より万博を選択し80年安保ではポストモダンの論議に明け暮れていた日本の、いつも逃げ腰でひ弱な口先だけのインテリたち第一等の仕事は、60年以上も避け続けてきたこの国の「島国性」を完全に総括して見せることである、というのがわたしの変わらぬ主張です。

いつも取り沙汰される「歴史認識」の問題において東アジア諸国人民が欲してきたのも、日本民族全体がみずからの意志で「脱-島国性」に向かう巨大で果敢な歴史的投企を選択すること、そのただ一点なのです。それが60年以上経ってもできていない。世界から孤立するのは当然でしょう。高度な経済政策の皮一枚で辛うじて海に浮かんでいるのが現状です。

その皮が剥がれそうになった時のこの国の予期せぬ変貌ぶりを、過去を振り返り世界の人々は心配しているわけです。日本国・日本国民は、まだまだ歌を忘れたカナリヤのままなのです。そのこと自体も忘れかけているのです。

ニーチェの当箴言は、さまざまな主題を呼び寄せますネ。

(2008年06月16日 記)

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)))131節(((
Die Geschlechter träuschen sich über einander; das macht, sie ehren und lieben im Grunde nur sich selbst (oder ihr eigenes Ideal, um es gefälliger auszudrücken -). So will der Mann das Weib friedlich, - aber gerade das Weib ist wesentlich unfriedlich, gleich der Katze, so gut es sich auch auf den Anschein des Friedens eingeübt hat.
両性は互いに騙し合う。彼らは根本において、ただ自分自身を(或いは、もっと耳触りのよい言い方をすれば、自分自身の理想を――)尊び、愛しているにすぎないからである。このようにして、男は女が和やかであることを望む。しかし、ほかならぬ女こそは、どんなに外見上の和やかさを練習したとしても、本質上は和やかなものでなく、さながら猫に似ている。(一部傍点あり)
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女性を主題にした箴言は、これまでもいくつか登場しましたが、これ以降では139節・144節・145節・147節・148節などにもさらに見受けられます。

「男」や「女」という表現はありませんが、主題の焦点が比較的上掲の箴言に近いものとして175節を指摘することもできます。ほんのすこしだけ、わたしの卑近な体験をそこに残しておきましたので、もしよろしければどうぞ(苦笑)。

さて上掲の箴言は、人間存在を主題とするニーチェの思索がそもそもどのあたりから立ちあがり始める傾向をもつのかという点はもちろん、人間存在の「自然性」について、ニーチェがどのように感じまた表現してきたのかという実際をも、いくぶんかは踏まえて読む必要はあるような気がします。大きな憤慨を引き寄せる誤読に陥らないためにも、お読みになられる女性方にも男性方にも、まずはそのように申し上げたいと思います。

箱のふたを開けると、別の箱。。。そしてその箱のふたを開けると、さらにまた別の箱が。。。しかしあきらめずに開け続けること。。。これがニーチェを読むコツかと。箱は、問いが続く限り開きます。

そこで無礼ながらさらなる我慢をお願いし、次のニーチェの「語り」をお聴き頂きたいと思います。
真に猛獣のような狡猾な柔軟さ、その手袋で匿した虎の爪、その素朴な利己主義、その教化しがたさと内心の野生、その情欲と徳性との捉えがたさ・広さ・尾の長さなどがそうだ・・・ このように恐怖を起こさせるものに充ちているに拘わらず、この危険で美しい猫である「女」に同情を感じさせるものは、それがいかなる動物よりも苦しんでおり、傷つき易く、愛に飢え、幻滅すべく宣告されているように見えるからだ。恐怖と同情、この感情を抱いてこれまで男は女の前に立った。そしていつも狂喜させると同時に心を引き裂く悲劇のうちにすでに片足を踏み入れていた。――どうだって、それがもう終わりになったというのか。そして女の魅力の喪失が起こっているというのか。(同書239節) 
ヨーロッパの先陣をきったイギリス産業革命の余波を受け、ニーチェの生きた社会もすでに民主主義的な呼吸法に変わっていました。

しかしニーチェは、このように男から「恐怖と同情」を引き出す女の「自然性」について執拗に言及します。

ニーチェは、人類の歴史を少なくともギリシア以降、ニーチェが生きた時代までの数千年にわたるヨーロッパ全史のあらゆる分野を文献学者として渉猟したうえで、人間を「人間獣」と呼称してもいます。わたしの勝手な思いではありますが、そこに人類が生殺与奪を放棄しなかった、否、しえなかったそして今も姿・形を変化(へんげ)しながら、顕現と隠蔽を繰り返すいわば阻止しきれない存在論的な生成というものの噴出を、看取しているように感じます。

ニーチェの人生の、特に後期にあたる著作のここかしこに、「力」またはその無限循環(→133節参照)にそのつど棹をさす「意志」という言葉が乱舞していることに、わたしはむしろニーチェの真面目(しんめんもく)や誠実さすら感じます。

昨今のこの国では、なぜかしら男と女の相互理解を促進させるための書籍が以前よりも多く出版されるようになっています。しかしそのほとんどは、生理学的な研究成果を除き、男が女を、そして女が男をほどほどにやり過ごすための方便や技能に少しの伝統をこれみよがしにまとわせたもののような気がし、わたしから読みきる意欲を奪います(立ち読みではありますが)。

「人間獣」としての男女に深く言及した書籍には、あまり遭遇しません。どうやら民主主義社会とは、いわば前時代の記憶からの世辞で、その渦中にいれば思った以上に狡猾でしたがって巧妙な隠蔽社会でもあったことが分かってきます。「憲法」や「六法」も、その「人間獣」を囲うため、大仰な価値を付与・仮構されてきたものでしょう。

わたしは傍観的な護憲論者ではありますが、「戦争」をしない・させないために「憲法」を死守する、という人たちの言説をあまり信用しません。そこにはどうも、ワタシハ「戦争」ヲシテシマウカモシレナイ、というもうひとつの言葉(パロール)が隠されているような気がするのです。

わたしなら正直に、「わたしのなかには、戦争を恋い慕う野獣が隠れていますし、その徴候もあります。いつ暴れ出すか・・・それはわたしにも分かりません。ですからどうかどうか、一時のしのぎでも構いませんので、序文および九条の檻だけは頂戴いたしたく存じます。」、と言います。

どうも話がまた脱線したようで(失敬)。

(2008年06月16日 記)

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)))132節(((
Man wird am besten für seine Tugenden bestraft.
人々は自らの徳のために最もよく罰せられる。
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とても短い箴言です。

何かに賛同しているのか、それとも何かを批判しているのか。

ニーチェの箴言のほとんどは、思惟の形式(言語形式)に対する徹底抗戦からすでにアプリオリに開始します。たとえばニーチェに「こんにちは」と挨拶すれば、「ナゼ昨日言ワナカッタノカ!」、と一喝されるのに似た感じを受けます。今日はじめてお目にかかれたのに???

ましてや多かれ少なかれ儒教の影響を心身のどこかに受けてもいるわたしたちの場合、「徳」これ一語だけで簡単にニーチェの罠にはまってしまうかもしれません。徳ガドウシテ罰セラレルノ?というふうに。

結論から申し上げますとニーチェの言う「徳」は、わたしたちにとりあえずは親しい「仁・義・礼・智・信」などの日常的な実践道徳を指しているのではありません。

むしろニーチェは、「(道)徳」という言葉を無時間的でなにも入っていない器(うつわ)のようなものとして一端放置します。

その中身は?といいますと、「被造物」と「創造主」が合一したかのような、人間から発露する「粗暴で残忍な野獣」としての「自然性(あらゆる本能)」に対する「暴圧」を「神化」したかのようなもの。しかもそのような中身は、そのつどの時代社会に現出した「前景」にすぎないものだとおよそニーチェは考えています(同書225節229節参照)。
要するに、道徳もまた情念の一記号法にすぎないのだ。(同書187節 一部傍点あり) 
と語るニーチェはさらに文献学者らしく、次のような激しい事例を列挙します。
闘技場におけるローマ人、十字架の狂気に酔うキリスト教徒、火刑や闘争を直視するスペイン人、悲劇へ押しかける今日の日本人、血なまぐさい革命に郷愁を感じるパリの場末の労働者、見せかけに『トリスタンとイゾルデ』を≪我慢して≫聞いているヴァーグナー狂の女たち――(同書229節) 
そしてついにその矛先は、「あらゆる認識意欲」にも向けられ、「すでに一滴の残忍が含まれている」(同書229節)とまで言いきります。当然、万人の福利を目指す民主主義的道徳にも向けられています。それは、「粗暴で残忍な野獣」としての「自然性(あらゆる本能)」を抑圧規制することなくしては、万人の福利が実現しないからでもあります。

誤解を避けるために敷衍(ふえん)しますと、以上のように「残忍」な「暴圧」の「神化」を意志させた生みの親は、同じ「粗暴で残忍な野獣」としての「自然性(あらゆる本能)」をもった当の同じ人間です。

ニーチェの「力」あるいは「生成」が一面では無限循環しているようにも見えることの大半は、そのことに起因するものですが、ニーチェはさらにその「力」への「意志」を察知することによって、そのつどの循環が寸断され、人間の内外に「位階の秩序」が形成されていることを見出し、無限循環の暫定的な解決を見いだしてもいます。ここに、ニーチェの思索の大きな、しかし見落とされがちな最大の特性のひとつがある、と思われます。

上掲の箴言の「徳」を「罪」にしなかった背景には、以上のようなニーチェの検証と深い洞察がありました。

人間は「徳」のなかに、つまりは良心や精神のなかに「残忍性」とそれを「神化する可能性」とを取り込んで誕生しており、そのことを太古からの原-記憶としてもつ稀有な存在ではないか、という深刻な問いを秘めた箴言ではないでしょうか。

(2008年06月15日 記)

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)))133節(((
Wer den Weg zu seinem Ideale nicht zu finden weiss, lebt leichtsinniger und frecher, als der Mensch ohne Ideal.
自己の理想への道を見いだしえない者は、理想をもたない人間よりも更に軽薄に、破廉恥に生きる。(一部傍点あり)
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もちろん、見いだせればそれにこしたことはないでしょう。

しかしたとえ「見いだしえ」なくても、「もたない(もっていない)」者よりはニーチェ的な人間像をいくぶんかは具現するであろう、ということだと思われます。

あくまでも箴言ですので、その根拠についてはまったく言及されていません。

いきなりですが、ウィンドウズの起動機序に詳しい方々を前提に喩えてみましょう。

HDD(ハードディスク)にまったく障害がないのに、スタートアップメニューをいくら実行しても、<bad command>になったり<unvalid>になったりして起動が果たせない、そんな状態に近いものをわたしはニーチェのこの箴言に感じます。

OSが懐かしき98の場合、起動ディスク(フロッピー2枚)を使用しても起動しないことが多々あります。XP以降の場合は、「回復コンソール」などが内臓されていたり、CDからブートできる場合もありますので、起動上の障害はそれほど重大事ではなくなっています。

問題は98の場合ですが、コマンドを実行しても起動ディスクを使ってもダメな場合、オーマイゴッド!と叫びながら叩き壊すか、全データの消失を覚悟で涙ながらに「リカバリー」する方が多いでしょう。しかし。。。

98の比較的深刻な起動上の問題の原因のほとんどは、起動の間口で働くCONFIG.SYSというシステムファイルの破損または消失です。ただこのプログラムをテキストファイルとして作成するとなると、これはもうたいへんな作業。できる人は、フロッピーにコピーし、該当するディレクトリを指定して転送コマンドを実行すればOKです。電源を切って再チャレンジ。理論上はこれで起動するはずです。が、そこまでやりきる人は天才!

そこで仕方なくリカバリー(98OSの上書きインストール)することになります。データファイルは完全に消失しますが、HDDにクラスタとして残存します。目には見えませんが、復元ソフトで確認できるはずです。無料のお試し版を使えばいいでしょう。データが確認できれば、あとはUSB(メモリー)を準備してドライブフォルダを作成しそこに転送すれば、データの大半を救出することができます。

大切な大切な皆さんのOS、簡単に叩き壊しちゃダメですよ(笑)。

ええっと、何を言おうとしていたのか。。。

そうそう箴言の「軽薄に、破廉恥に生きる」という表現の倫理的な価値に気をとられてしまいますと、ニーチェの意図から離れていく可能性が高まります。ニーチェの立脚点は、あくまでも「見いだしえない者」であって、「もたない人間」ではありません。

「見いだしえない者」には、見いだそうとするはっきりとした意志が働いています。しかし「もたない人間」の場合、「理想」を目的因とするかぎり、その意志はとても希薄です。その意味で、「見いだしえない者」のHDDは正常に機能していると言うことができます。HDDとは、「力」または「力」をそのつど発動させる「意志」の喩えでした。

したがって「軽薄に、破廉恥に生きる」も、ニーチェにしてみれば、深刻ではなるほどあろうが起動上のトラブルにすぎないではないか、ということにもなるのでしょう。

ニーチェの関心は、このHDDに相当するような「力」にあります。「力」には「意志」があり、その「意志」がまた「力」を発動させます。この循環性(自己生成・自己産出性・再帰性など)にニーチェは、絶対的な権限をもった孤独な支配者を見ています。

善と悪も、真理と非真理も、矛盾対立する認識論的な「概念」ではなく、「力」に「意志」が刻み込まれた結果生成され固定されてしまった「兄弟」であるにすぎない、と考えているふしすらあります。

結果的にではありますが、「不動の動者」の下位に実体の「類」概念を措定したアリストテレスは、「生成」について、おそらくはその推論(形式論理)の臨界において苦悩しながら、次のように述べ残しています。
生成するものは、これがまさに生成するものに生成するとき、そのときに消滅する(『形而上学』第十一巻第十二章 出隆訳 岩波文庫[下]) 
しかしすぐさま、
もしそうであるなら、消滅するものが存在しなくてはならない(同上) 
と切り返し、生成にはその基となる質量(基体・実体)が存在しないため、「生成の生成の無限累進」が起こる、と主張し、
無限の多くのものどもにはなんら第一のもの[始まり]も存在しない(同上) 
というかたちで、アリストテレスはこの「主題」からたち去りました。「不動の動者(動かない動かし手、永遠不動な神 *出隆氏の訳者注による)」に到達した、これが根拠の一つであり、アリストテレスの思惟の限界でもありました。

稀有な雑誌『ロゴスドン』のこの夏号の対談において、ハイデガーの「非本来的」な(世俗に迎合した)生き方や、「本来的」な(のりこえ不可能な可能性としての[死]を了解したときにほのめかされる決意的な)生き方に対する少しの不満足を語っておられる学者様がいらっしゃいますが、孤独なニーチェの箴言の意図が、その後のハイデガーのそれらの言葉によって救済されているのは間違いなかろう、とわたしなどは思っています。

論理的、あるいは実利・功利的な目論見をもたれてニーチェを解しようと急ぎますと、きっとなにがしかの頭痛や心痛に襲われます。もしもニーチェの著作を読みながらにして、焦燥感にかられました場合には、むしろご自身の気づかれていないところで、近代的な思惟の形式の檻のなかにご自身が長期にわたり拘置・拘禁されてこなかったかどうかを、僭越な物言いではありますが、一度疑ってみられるといいのでは。。。と思ったりもします。

(2008年06月15日 記)

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)))134節(((
Von den Sinnen her kommt erst alle Glaubwürdigkeit, alles gute Gewissen, aller Augenschein der Wahrheit.
すべての信憑性、すべての疚しからぬ良心、すべての真理の実見は、感覚から始めて生じる。
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箴言中の「始めて」は「初めて」の誤植ではないでしょうか。原文は<erst>です。

「すべての人間は、生れつき、知ることを欲する。」、という周知の冒頭からはじまるアリストテレスの『形而上学』第一巻第一章には、直後、次のようにも記されています。
我々は、ただたんに行為しようとしてだけでなく、全くなにごとを行為しようともしていない場合にも、見ることを、言わば他のすべての感覚にまさって選び好むものである。(岩波文庫[上] 出隆訳 初版1959年) 
そして「記憶」が「経験」をもたらし、その「経験」がさらに「技術」を作り、その延長線上に原因や結果を究明する「学(認識)」が成立するのだ、とアリストテレスは考えます。

お読みになられた方なら、「本当に紀元前四世紀を生きた人間であろうか」、と一度は驚かれたことでしょう。個々の見解の是非はさておき、その叙述展開は多岐にわたっており、系譜学的配慮も随所に施しながら、そつがなく、じつに精密です。

ただ残念ながら、「感覚(知覚)」の優先に触れながらもそれ自体についての論究はありません。

137節でも言及しました「共通感覚」は、フッサール晩年の研究対象であった「キネステーゼ(運動感覚)」的主観として、現代の現象学の重要な主題のひとつとなっており、さらにその主題は深化拡大しています(注)

(注)その間の事情について興味のある方は、新田義弘氏の論考「感覚・意味・生命 感覚の現象学の展開」(『現代思想』(1999.vol.27-10 9月号所収)、または同氏の「フッサールの目的論と近代の学知」(『現象学と解釈学』第九章 ちくま学芸文庫 論文自体の初出は1986年)などを参考になさってください。ニーチェの天才を感じることができるかもしれません。視野をもう少し広げますと、メルロ・ポンティはもちろんミシェル・アンリやエマニュエル・レヴィナス、さらに木村敏やイタリヤ現代思想などにも配慮したいところですが。。。キリがないですよね(笑)。

上掲の箴言の「感覚」がはたして「キネステーゼ」に連なるものであるのかどうかの判断につきましては、専門の学者様方にお任せすることにしまして。。。

現代ドイツ語には、「感覚」と翻訳しうる語に<die Emphindung エンプフインドゥング>という語があります。しかしニーチェは、<der Sinn ズィン>という語を活用させ用いています。

人間の生理学的な意味での五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)をドイツ語では、すべて後者との合成語で表現します。いわゆる「第六感<der sechste Sinn ゼクステ ズィン>」なども、そうです。

としますと、「すべての」以下のどれもが五感では直接に捉えられないものばかりですので、個々の感覚を総体として表現したというよりも、むしろ「信憑性」や「疚(やま)しからぬ良心」や「真理」などの、いわば「排出口」のようなものをあえてそのようにさりげなく、しかし謎めかして使用した表現ではなかったか、と解釈する可能性をひとつあげることができます。

そのことは、「信憑性」や「真理」よりも「疚しからぬ良心」という表現がよく証しています。

ニーチェは、二十五節にも振り分けて叙述した「第二論文」(『道徳の系譜』所収)において、元来「粗野で自由で漂泊的な人間」がもっていた「敵意・残忍、迫害や襲撃や変革や破壊の悦び」などの「あらゆる本能の価値」が奪われることになったのは、「人間が窮極において社会と平和との拘束を脱しえないことに気づいた」からである、といかにもニーチェらしく述べています(以上十六節に基づく)。その結果、「外へ向けて放出されないすべての本能は内へ向けられ(一部傍点あり)」、それを人間は「魂」あるいは心と呼んでいるのだ、と語ります。さらに、その抑圧され内化した本能が「負い目」に変容したからこそ、「神の観念」(キリスト教であろう)にスキを与えたのだ、と言います。

稚拙な要約で申し訳なく思いますが、それらを踏まえた上で、「良心の疚しさは一つの病気である」、とニーチェは断言します(以上十九節より)。

箴言では、「「疚しからぬ良心」となっていますので、当面、他者を介せずに「あらゆる本能の価値」を産出し、決定し、実行することができた「粗野で自由で漂泊的な人間」を、「良心」とほぼ同義のものとして使用した、と考えていいでしょう。ギリシア神話に登場する神々にも、ニーチェは同様の表象を抱いていたようです。(→140節で、ニーチェの多彩な表現を実験的に連結していますので、ご覧になってみてください。)

冒頭に触れましたアリストテレスは、「感覚」から「認識」へと一気に駆け抜けました。しかしニーチェは、この「感覚」、つまりは「力」とその「意志」とを秘めた「排出口」の内側から、わたしたちをじっと見つめながら語っているような気がします。外に出てくる気配もなさそうですし、それどころか頑として、そこに踏みとどまっているような気配のほうが濃厚です。

すこし不気味ですネ。

(2008年06月14日 記)

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