2013/10/10

ニーチェ箴言散策集・私家版 (9)

ニーチェ箴言散策集
Friedrich Nietzsche
『ニーチェ箴言散策集』(2008.02起稿 2008.07脱稿 Mr. Anonymous)


100節から104節までをどうぞ。。。


原文・翻訳からの引用は、「報道、批評、研究目的での引用を保護する著作権法第32条」に基づくものです。ドイツ語原文は、"RECLAMS UNIVERSAL-BIBLIOTHEK Nr.7114"、日本語訳は、木場深定氏の訳に、それぞれ依ります。

)))100節(((
Vor uns selbst stellen wir uns Alle einfältiger als wir sind: wir ruhen uns so von unsern Mitmenschen aus. 
われわれはすべて、自分自らを実際よりも単純なものと想う。われわれはこうしてわれわれの仲間から離れて休息する。
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この箴言には幾度も、「われわれ」という言葉が登場します。

そこでこの「われわれ」とは何か、はたまた誰なのかと問いかけてはみるのですが、わたしの問いはそのつど強く跳ね返されてしまいます。

いったいこの箴言は、どのような思索のなかで創作されたものでしょうか。否、そもそも創作意図が保たれるほどの恒常的な懸隔、といったもののなかにニーチェはいたのでしょうか。


たとえば愛する家族のためにひねもす労働に徹した一家の主(あるじ)が、帰宅後ホッと一息つく瞬間。。。つかの間の「休息」。「緊張」から「弛緩」へ。しかし、そんなどこにでもありそうな日常をわざわざ強調するためにニーチェがこの箴言を創作したとは、とてもとても考えられません。

どうやらわたしは、ニーチェの仕掛けた罠にまんまとはまってしまったようです。

のっけからわたしは、「われわれ」という表現をわたしを含む「人間」だと思いこんでいました。

しかし仮にこの「われわれ」が、人間に関与するものではあるものの、わたしたちが普通に思い描く、つまりは表象している、そんな「われわれ」では「なかった」としたらどうでしょう。さらに穿(うが)った言い方が許されるとして、「われわれ」が何かのメタファー(暗喩)としてニーチェにより、発作的にであれ、意図されていたとしたらどうでしょう。

そうなりますと事態は大きく変わり、もうひとつのキーワード「(われわれの)仲間」の意味も当然の変容を蒙ります。

。。。とここまで独断的に申し上げますと、わたしがそのように問い直した意味に、ハタとお気づきになられた方もおられるかもしれません。

そうです。わたしは、「われわれ」を「力」のメタファーと考えています。


ニーチェの思索の核に位置します「力」と、それへの「意志(力への意志)」は、同じものであって、しかも同じものではありません。

「力」あるいは「力への意志」の主題に関しましては、他節でも、能(あた)うかぎり原典に基づき、またまったくの市井人であるわたしの稚拙な解釈も加味しながら触れています。

重複を避けるため、ここでは必要な点だけに触れることにいたします。

ニーチェはまず、「力」というものを、「生の先行形式」(『善悪の彼岸』第二章三十六節)、あるいは「根本衝動」(同書第一章六節)と解します。論理学的に還元しますと、一見、「基体」に相当するようですが、その奥あるいはその果てに、ニーチェは「神」といったものを想定せず、『生成の背後には何らの「存在」もない』(『道徳の系譜』「第一論文」十三節)と明言しています。そのうえで、多様な「感情」や「思惟」や「情念」が「意志」として複合され、さまざまな「作用」や「活動」が発露している、とニーチェは考えます。

これだけなら、比較的理にかなっているようにも思われます。しかし、ニーチェの思索の最大の難所は、今触れました「力」にも、なにがしか奇異な「意志」を見ているようなふしがあるところです。『「意志」はもとよりただ「意志」に対してだけ結果を及ぼしうる』(同書三十六節)というのが、その証左になります。形而上学の第一原因を徹底的に封印することは、ニーチェの思索の牙(きば)であります。

この点に関し、103節の箴言散策でも敷衍(ふえん)しています。精神病理学者木村敏先生が指摘されたフロイトの「死の欲動」とすこし関連づけてみました。参考になさってください。


さて仮に当箴言において、『多様な「感情」や「思惟」や「情念」が「意志」として複合され、さまざまな「作用」や「活動」が発露』しないような場合をニーチェが想定していたとしますと、生あるかぎり、複合された「意志」そのものが無化するということは考えにくいですが、しかし、「生の先行形式」である「根本衝動」そのものへのその意志の関与からは、「力」がしばし解放されている状態にある、と言うことはできます。

そうしますと、潜勢的には「死の欲動」にベクトルを向けていようが、「力」そのものの『生成の背後には何らの「存在」もない』(上掲書)かぎり、「実際より単純なもの」(上掲箴言)であり、その「単純」を担保するのが「仲間」、すなわち『多様な「感情」や「思惟」や「情念」が「意志」として複合され、さまざまな「作用」や「活動」』が、発露しない様態である、という解釈も成り立ちます。

その(生の)「力」の「休息」の合間でしか、我が物顔で跋扈(ばっこ)することができないでいる「認識者」の如何ともしがたい悲喜劇性を嘲笑(あざわら)った箴言である可能性が大きい、とわたしは感じます。

したがってニーチェは当初から、「われわれ」の外側にいたことになります。

(2008年07月02日 記)

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)))101節(((
 Heute möchte sich ein Erkennender leicht als Thierwerdung Gottes fühlen. 
今日では、認識者はとかく自分を獣化した神と感じたがる。 
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箴言の核心は、「獣化した神」、です。

原文はご覧のとおり、<Thierwerdung Gottes ティーァヴェァドゥング ゴッテス>、となっています。「四足の獣になった神」、つまりはギリシア神話に登場するスフィンクスのことです。顔と胸は女、ライオンの体に大きな翼を持った奇怪な生き物です。起源となるエジプトのスフィンクスは男ですが。。。

『広辞苑』には次のように記述されています。
テーベ市付近の岩の上で、行人に「朝は四脚、昼はニ脚、夕は三脚のものは何か」という謎をかけ、解きえない者を殺していたが、オイディプスに「それは人間である」と答えられて、海に身を投じて死んだという。(岩波書店 第二版1969年版参照) 
「夕は三脚のものは何か」、分かりますか?

夜に三本の足?。。。殿方、変なこと考えないでくださいネ(笑)。もちろん答えは、「杖をつく老人の姿」、です。人の一生の「生き姿」を問うたのでしょう。

西欧思想や文化全般に関する叙述で躓(つまづ)かないためには、ギリシア神話と『聖書』は欠かせません。ギリシア神話の入門書や解説書については、129節の(注)でも触れていますので、そちらをご覧ください。岩波文庫にも、貴重な写本訳がかなり収められてはいますが、全部を読むとなると。。。当面は、解説書や入門書でじゅうぶんでしょう。


さて、真理の「認識者」たるスフィンクスは投身してしまいましたが、驚くべきことにニーチェは、スフィンクスの問いを超絶しようとします。
われわれが真理を意志するとすれば、何故にむしろ非真理を意志しないのか。また不確実を意志しないのか。――無知をすら意志しないのか。――真理の価値についての問題がわれわれの前に歩み出て来たのだ。――それとも、この問題の前に歩み出たのは、われわれの方であったのか。この場合、われわれのうちの誰がオイディプースであるのか。誰がスフィンクスであるのか。見かけるところ、それは疑問と疑問符との逢い引きであるらしい。(『善悪の彼岸』第一章第一節 一部傍点あり) 
それにしても、「疑問と疑問符との逢い引き」<Stlledichein von Fragen und Fragezeichen シュテルディヒアイン フォン フラーゲン ウントゥ フラーゲツァイヒェン>とは、見事なメタファー(暗喩)です。問い尋ねているほうも、問い尋ねられているほうも、「答え」の所在が分からない、そのようにニーチェは設定しています。第一章第一節ですから(笑)

神は死んだ、という主張を逆手に取るよりも、人間の「認識」が屍(しかばね)になってしまった深刻をこそ、まずは自省してみる努力が必要だ、ということでしょう。


西欧キリスト教世俗化の議論がなぜ、ドイツからフランスを経ていまやイタリアにまで飛び火しているのか。そしてなぜ、アメリカには飛び火しないのか。そのアメリカのタレント宣教師がなぜ、毎年毎年大量に日本にやって来るのか。その意図は何なのか。。。さらにはテロリズムとの闘いが終息しないのはなぜか等々。

ニーチェの箴言の数々は、まさにそれらすべてを預言していたかのようでもあり、とても不気味です。

なお、思想哲学(神学をも含む西欧形而上学)の非力さに関する二十一世紀の議論に興味をお持ちの方々には、以下の資料を紹介いたします。前者はお馴染みの月刊雑誌です。後者は主にイタリアの若い思想・哲学者たちの論文集ですが、それだけに難解です。ニーチェやハイデガーの思索に関するある程度の了解が必要です。(この段以下書き足し)

「特集 現代思想の総展望2013」(「現代思想」2013.01 Vol.41-1)
『弱い思考』(ジャンニ・ヴァッティモその他 叢書ウニベルシタス)

(2008年07月01日 記)

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)))102節(((
Gegenliebe entdecken sollte eigentlich den Liebenden über das geliebte Wesen ernüchtern. 》 Wie? es ist bescheiden genug, sogar dich zu lieben? Order dumm genug? Oder - order - 《
愛し返されたとき、本来ならば、愛する者は愛される者に興ざめを覚えるはずであろう。「どうしてだろう?お前なぞを愛するなんて、よほど卑下した仕儀ではないか。それとも、よほど愚かな仕儀ではないか。それとも――それとも――。」 
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「本来ならば」の原文は<eigentlich アイゲントリヒ>で、ここでは「本心を言えば、正直なところ」、といったほどのニュアンス。

175節に通じる箴言です。

相手方に対して失礼じゃナイ?と言われればそうなのですが、こういう場合ってあるだろうな。。。とは個人的に感じます。


ニーチェの恋愛は、ロシアの才女、ルゥ・ザローメとの体験が、唯一のものと言われています(藤田健治氏の説)。もちろん、社交界での一般的な交流は、それなりにはあったであろう、とは想像します。

いずれにしましても、民主主義社会の黎明期を生きたニーチェの「女性観」が分からないと、上掲箴言も、素通りする以外なくなってしまいます。

ちょうどニーチェは、本書『善悪の彼岸』第七章「われわれの徳」の後半八節ほどを、「女」の主題にあてています。そのなかから、ニーチェの女性に関する表象的な表現と思しき単語や語句を拾い上げてみることにしましょう。なお、新たな時代を生きる女性に対する批判的表現・語句は、極力除外しました。 
固陋(ころう)さ/浅はかさ/教師臭さ/小生意気さ/くだらない放縦(ほうじゅう)さ/くだらない思いあがり/優雅さ/優雅さ/戯(たわむ)れ/憂さ晴らし/気散じ/軽快な身のこなし/快い情欲に対する細やかな心ばせ/身を飾る/外見/美しさ/(女たちの)手/眼差し/優しい愚かさ/何かしらより繊細なもの/より傷つき易いもの/より奔放(ほんぽう)なもの/より珍しいもの/より愛らしいもの/より情に溢れたもの/飛び去らないように閉じ籠めておかなければならないもの/(男の)占有物/鍵をかけて閉じ籠めておくべき財産/奉仕しうることによって自らを完成するもの/弱気女性/男を恐れる/羞恥/繊細で狡猾な謙虚/優しく奇妙に野性的/好ましい家畜のように飼育され世話され保護され大切にされなければならないもの/奴隷的隷属的なもの/力強い子供を生む/自然/猛獣のような狡猾な柔軟さ/手袋で匿した虎の爪/素朴な利己主義/教化しがたさと内心の野生/情欲と徳性との捉えがたさ・広さ・尾の長さ/(男に)恐怖を起こさせるもの/美しい猫/同情を感じさせるもの/苦しみ/愛に飢える/幻滅すべく宣告されているように見える。。。などなど(一部語形を変えざるをえないところがあった) 。
いかがでしょうか?

わたしなどは、見ているだけで卒倒しそうです。内容よりも表現の多彩さに。

箴言の核心部分は、「愛し返されたとき、本来ならば、愛する者は愛される者に興ざめを覚えるはずであろう」、です。

以上のニーチェの女性観からしますと、「愛し返され」ること自体が、もうこれはダメ。列挙しましたような女性の「自然性(女性的衝動・本能)」を忘却した、まさに「平等の権利、平等の教育、平等の要求と義務について夢見る」(同書238節)女の仕草だぁぁぁ!とでも叫びたかったのではないでしょうか。


ニーチェが和泉式部に出会っていたら、何と叫んだでしょう?
Grosser Gott!(グロセァ ゴットゥ これはたいへんだ!)
でしょうか?

なんかそんな気がわたしには。。。(苦笑)

(2008年07月01日 記)

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)))103節(((
Die Gefahr im Glücke, - 》 Nun gereicht mir Alles zum Besten, nunmehr liebe ich jedes Schicksal: - wer hat Lust, mein Schicksal zu sein? 《
幸福のうちの危険。――「さて万事が頗るうまく行った。これからは、私はどのような運命でも愛する。――私の運命となりたいと思う者は誰か。」(一部傍点あり) 
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原文の最後にはご覧のように[?]が付せられています。「ワシの(ような)運命にあやかりたいと思っているヤツァ、誰ジャ?」、という感じでしょうか。

嫌味たっぷりに聞こえませんか?

ところで、

精神病理学者の木村敏先生は、フロイトの欲動理論(*本能と欲望の中間域か?)を踏まえられ、とても興味のある「問いかけ」をされています。そのあたりから本節は、はじめてみましょう。 
死の欲動こそが生成を存在にまで限定して「自我」のごときものを可能にしているのだとしたら、どうだろう。(『偶然性の精神病理』第二章第七節 岩波現代文庫 初版2000年 論文初出は1992年) 
これだけでは、何を語らんとされているのか、分かりませんよね。

フロイトは、同時に「生の欲動」も想定しています。その意味では、フロイトと言えども、認識論的な学者ではあったのでしょう。

「生の欲動」と「死の欲動」とに関する記述を、『精神医学事典』(弘文堂 1981年版参照)から援用させて頂きますと、次のようになります。
●「生の欲動」(エロスまたは愛の本能、とも)
自己保存や種族保存にかかわり、自己や自己をとりまく種の生成、維持、発展を目標とする欲求・・・中略・・・人間的生成や人格の完成、自己実現をめざす要求などの総体 
●「死の欲動」(死または破壊の本能、とも)
統一や生成を破壊し、自己をも種族をも破滅に向わせる欲動であるが、一方でこれは、生あるものをして、その生成以前の無に回帰させようとする根源的な力をも示す
よく耳にします、「エディプス・コンプレックス」とは、男のこどもが母親を愛し父親を憎む、という心の傾きのことで、この「生の欲動」と「死の欲動」とが、分岐して作用している状態である、と見られています。女のこどもの場合には、まさにちょうどその逆の状態を言います。こちらは、「エレクトラ・コンプレックス」と呼称されています。どちらもギリシア神話からヒントを得た命名です。後者は、フロイトの弟子ユングの考究となります。

さて、援用させて頂きました「死の欲動」の記述の中に、すこし気になる部分があります。それは、「・・・。一方でこれは、生あるものをして、その生成以前の無に回帰させようとする根源的な力をも示す」、という箇所です。

「生成以前の無」とは、わたしたちの表象をはるかに超えています。あのアリストテレスも、はたと、立ち止まった地点です。彼の場合は、「不動の動者(動かない動かし手、神)」、でなんとか終幕をむかえましたが。。。

この「(生成以前の)無」をヘーゲル的に考えますと、形相(エイドス けいそう)も質料(ヒュレー)も持たない、無規定的な「無」としか考えようがないもの、と言えます。そこに「回帰させようとする」、というのは、そのような潜勢的な方域性をもつ、という意味でなら、なんとか理解できそうですが、「無」を着地点として「回帰させようとする」という措定は、すくなくとも認識論的には無理があろうと思います。

先に引用しました、木村先生の「問いかけ」をこの点に重ね合わせて見ますと、どうやら先生は、フロイトの「生の欲動」と「死の欲動」とを、「表」・「裏」とは見ておられないようです。それどころかむしろ、「死の欲動」のほうを、時間的に、「生の欲動」よりも先行させておられるようにも感じます。

意識下において限りなく、しかも潜勢的に「死(無)」に向い続ける「欲動」と、それへの反撥こそが、おそらくは存在「生成」の黒子であって、換言しますとそこは「死(無)」に向い続ける「欲動」と、それとはまた別のベクトルをもつ異なった「意志」とが、そのつどの死闘を繰り広げている激烈な場でもあります。

だからこそ木村先生は、「死の欲動」こそが生成を存在にまで限定して「自我」のごときものを可能にしているのだとしたら、どうだろう」、と「問いかけ」られたのでしょう。一見しますと、「死の欲動」の一人舞台のようにも、表現的には見うけられますが、ご本意としては、上述のような意図を秘め、「問いかけ」られたのでしょう。

つまり、わたしたちの存在自体が、すでにそのつど無化する傾向をその根底に先行的に秘めており、その無化的傾向にたちはだかる「意志」を起点にして、「生成」が産み出され続けている、ということではないでしょうか。

「生成」とは、無化的意志の先行による阻止的意志との共同作品である、とも言えるかもしれません。

ニーチェは、次のように語っています。 
われわれの全衝動生活を意志の唯一の根本形式の――すなわち、私の命題に従えば、力への意志の――形成および分岐として説明することができたとすれば、またすべての有機的機能が力への意志に還元されえて、そのうちに生殖や栄養の問題――これは一つの問題である――の解決が見いだされたとすれば、これによってすべての結果を惹き起こす力を一義的に力への意志として規定する権利が得られたことになるであろう。 
「すべての結果を惹き起こす力」であるかぎりは、真理も非真理も、善も悪も、そして幸福も不幸も、いつどのようにして突出するかわからない「偶然性」に満ち満ちている、と考えられます。


上掲箴言に登場していた「幸福」の絶頂にいるオジサン。[万事が頗るうまく行った]、とご満悦ですが、あすの保証がないという点では「不幸」な人とおなじです。

(2008年06月30日 記)

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)))104節(((
Nicht ihre Menschenliebe, sondern die Ohnmacht ihrer Menschenliebe hindert die Christen von heute, uns - zu verbrennen.
彼らの人間愛ではなく、むしろ彼らの人間愛の無力が、今日われわれを――焚殺することをキリスト教徒に阻んでいるのだ。 

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「焚殺(ふんさつ)」にすこし焦点を合わせせてみましょう。

遂行如何(いかん)は別としまして、「刑罰」に関します描写のほとんどは、「旧約聖書」に登場します。

「旧約」「新約」の「約」は、ご承知のとおり、「契約(約束)」の「約」です。

自然の神々の代理人巫女(みこ)と、村の長(おさ)との介入によって、四季折々の風習や習慣、さらには通過儀礼などの原型を築き、ついにはこの島国のなかに、「権威」と「権力」の二重構造から成る社会国家を形成した日本の歴史感覚からは、「契約」の峻酷(しゅんこく)さについて、すこし分かりにくい面があるかもしれません。

もちろん、原始キリスト教の舞台となりました古代東方社会、つまりは地中海沿岸諸地域、あるいは帝国ローマなどにおいても、人間相互に多くの契約が取り交わされています。ただその様式の原型が、すでに前十三世紀頃にまで遡(さかのぼ)る、まさに唯一絶対神との間に交わされた「契約」様態にあったことを、たとえ体感できなくとも、認識しておく必要はあるだろう、と思います。

この唯一絶対神との「契約」は、単なる神の命令ではなく、神の計画を実現するための、「さだめ」と「おきて」と「さばき」が一体となったもので、「旧約」では、通称「モーセの十戒」と呼ばれます「律法」として体系化されたのが、始まりです。

したがって、「さだめ」を犯せば、「おきて」通りに、「さばき」が下されます。神御自身からの「さばき」もありますし、土師(さばきつかさ)などを介して、遂行されることもあったでしょう。

刑罰には、いろいろなものが『聖書』に記されています。

死刑以外では、投獄・罰金・償い・報復・むち打ち・奴隷への降格・流刑・拷問など。また死刑としては、火あぶり(焚殺)・首吊り・十字架刑・打ち首・石打ち・身体分断・獅子のえじき・剣殺など。中世になりますと、想像を絶するような拷問性が、さらに添加されます。

戦後民主主義社会の先端を「今」生きるわたしたちには、実際を知らずにしてすでに、鳥肌の立つ言葉ばかりです。


ところで、ニーチェは、「記憶」する能力と同時に「健忘」の力をも持ちあわせた動物が人間である、と言います。

だから、「約束をなしうる動物を育て上げる」(『道徳の系譜』第二論文冒頭 一部傍点あり)必要が生じ、債務法(債権者と債務者との間に、「さだめ」「おきて」「さばき」を規定した「契約」)が成立した、とニーチェは考えます。

違反しますと裁かれますが、それは、「損害と苦痛の等価」(同論文四節)として遂行されるのであって、被害者の根底にある「怒り」を帳消しにすることにこそ起源がある、ともニーチェは主張します。

そこに、刑罰の「冷酷や残忍や痛苦の産地」(同論文五節)がある、というのが、概略、ニーチェの刑罰に対する考え方の基本です。

さて。。。

刑罰の「起源」に関するニーチェの以上の考え方を踏まえながら、上掲の箴言を眺めてみますと、最初に一読された印象とはまたすこし違ったものを、感じられるかもしれません。

マタイによる「福音書」第二十二章でイエスは、「第二の戒(いまし)め」として、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」、と語っています。「第一の戒め」は、もちろん「神への愛」です。

この「第二の戒め」は、ヨハネによる「福音書」第十五章において、次のように釈義的に伝えられています。 
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。・・・中略・・・。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。」(いのちのことば社編『聖書』より) 
箴言中の「人間愛」をキリスト教のノモスから見れば、以上のようになります。

しかしニーチェは、その「人間愛」が、「焚殺」を「阻止」する要因として作用したのではない、と箴言で明言しています。

この点に関するわたしの解釈は、「刑罰の起源」からすればむしろその「人間愛の無力」、つまりは神を「後景」にしてイエスの十字架刑を「前景」に押し出したことと、刑罰の『残忍性が次第に精神化し、「神化」しつつあるという事実』(上掲書「第二論文」第六節)とが、じつはパラレルに進行したことによって、「(異教邪教に対する)焚殺」遂行の力を失ったとニーチェは考えていた、というものです。

以上の解釈をさらに逆転させますと、『旧約』時代のきわめて残虐・残酷でもあった「神」が、『新約』時代ではすでに姿を消してしまっていることに気がつきます。この状態で、その都度の時代に残された者が耳にした、あるいはしてきた「啓示」を了解するのは、ほとんど困難であろうとわたしは感じています。


ニーチェは、「刑罰が歴史上に現われた際に取ったあらゆる形式が戦争そのもの(戦争の犠牲祭をも含めて)によって与えられたものである」(上掲「第二論文第九節)、とも語っています。

したがってニーチェ的に申し上げますと、ほんとうの「人間愛」に基づいて「戦争反対!」と叫ぶことは、この地球上に残ってきた人類の全滅を覚悟した叫びにならざるをえず、さらに申し上げますと、「戦争反対!」というあらゆる所作をじつは迫真の演技として演出することを通してのみ、戦争によるみずからの絶滅を人類は阻止してきたし今も阻止し続けることが辛うじてできているのだ、というとてもややこしい人間世界をニーチェは直観していたことになります。

まだまだ一部ではありますが、科学が宗教に、そして宗教が科学に接近し始めているのは、そのことをようやくにしておどろおどろしく予感しはじめてきているからでしょう。「泥沼」から、自らの力で自らを救い出せますかどうか。。。

(2008年06月30日 記)

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